群雄・その他武将
馬騰
馬騰
字: 壽成 (じゅせい)生没年: ? ~ 212
紹介
後漢の名将・馬援の後裔として西涼に根を下ろした軍閥であり、馬超の父です。若い頃は樵をするほど貧しかったものの、体格と人柄で軍から身を起こしました。韓遂と義兄弟の契りを結んでは仇敵になることを繰り返し、西涼の覇権を分け合います。晩年に朝廷の召しを受けて衛尉として入朝しましたが、息子の馬超が挙兵すると三族もろとも処刑されました。西涼軍の威名は息子に受け継がれます。
主な出来事
- 212
正史と演義の違い正史vs演義(小説)
演義は馬騰を曹操暗殺の義挙(衣帯詔)に加わった忠臣として描き、馬超の挙兵に復讐の大義名分を作りました。正史の順序は逆で、馬超の挙兵が先、馬騰の処刑がその結果です。