魏武将
張遼
張遼
字: 文遠 (ぶんえん)生没年: 169 ~ 222
勢力の変遷: 丁原・董卓・呂布を経て魏へ
紹介
呂布の部将から始まり、魏の五将軍の筆頭に数えられるようになった名将です。下邳で呂布が滅んだ後、曹操に抜擢され、白狼山で烏丸単于を斬るなど功を重ねました。合肥では八百の決死隊で孫権の十万の大軍を崩し、「遼来来」の名だけで江東を震え上がらせます。降将という札を実力一つで消し去った立志伝中の人物です。
主な出来事
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- 207
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正史と演義の違い正史vs演義(小説)
演義でも正史でも合肥の張遼は同じく圧倒的です。ただ関羽との友情の物語は演義が大きく膨らませた部分で、正史には関羽の心中を曹操に伝えた逸話程度が残るのみです。