蜀武将
王平
王平
字: 子均 (しきん)生没年: ? ~ 248
勢力の変遷: 魏軍から漢中の戦いの際に蜀へ帰順
紹介
字は十もろくに読めなかったが兵法の要諦を見抜いていた実戦型の名将です。街亭では馬謖の布陣に一人反対し、惨敗の中でも自分の部隊だけは無傷でまとめて帰還しました。この功で抜擢された後、魏延の乱の鎮圧、そして興勢で魏の大軍を地形で防ぎ切った防衛戦まで — 任された場所は破られませんでした。無学の名将という異名が、その実力をいっそう際立たせます。
主な出来事
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興勢の戦い
王平が少数の兵力で魏の大規模な漢中侵攻を地形を活かして防ぎ切る。「王平の冷静さが蜀を救った」と評される防衛戦。
正史と演義の違い正史vs演義(小説)
演義では脇役にとどまりますが、正史は彼を街亭の唯一の勝者であり、蜀後期の防衛戦の要として記録しています。馬謖の理論と王平の実戦感覚の対比は、正史が作った構図です。