呉文武両道
陸遜
陸遜
字: 伯言 (はくげん)生没年: 183 ~ 245
紹介
夷陵で劉備を、石亭で魏軍を破った呉最後の大都督であり、後に丞相まで上った文武兼備の人物です。荊州奇襲の際は無名であることを逆手に取り、関羽を油断させる謙虚な手紙で盤面を整えました。夷陵では半年間身を潜めて劉備軍が疲弊するのを待ち、火攻めの一撃で終わらせます。書生扱いしていた老将たちもその指揮に承服しました。晩年は後継争いに巻き込まれ、孫権の叱責の中で憤死した、栄光と悲劇の重なる生涯でした。
主な出来事
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正史と演義の違い正史vs演義(小説)
演義は夷陵の火攻めの後、諸葛亮の石陣(八陣図)に閉じ込められて退く形で面目を削りましたが、これは創作です。正史の陸遜は、陳寿が孫権に次いで単独の列伝を立てた、呉の歴史上最高評価の臣下です。