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武将

徐晃

徐晃

: 公明 (こうめい)生没年: ? ~ 227

紹介

魏の五将軍の一人で、軍律の厳正さがトレードマークの名将です。白波賊出身の上官のもとを離れて曹操に帰順した後、官渡・赤壁・潼関など主要な戦役を渡り歩きました。白眉は樊城救援戦 — 水淹七軍で勢いに乗る関羽の包囲網を正面から突き破りました。曹操は「徐晃の軍営には周亜夫(前漢の名将)の風格がある」と絶賛しています。

主な出来事

  1. 200

    官渡の戦い

    曹操が烏巣の兵糧急襲で数倍規模の袁紹軍を崩した北方の覇権戦。張郃はこのとき曹操に降った。

    曹操袁紹荀彧郭嘉張郃

  2. 219

    樊城の戦い — 水淹七軍

    関羽が洪水を利用して魏の七軍を水没させ、華夏を震撼させる。曹仁が樊城を死守し、徐晃の援軍が包囲を解いた。

    関羽曹仁曹操

正史と演義の違い正史vs演義(小説)

演義は徐晃を関羽の旧友で斧の使い手として描きます。正史で二人の親交の記録はわずかですが、樊城で私情を捨てて正面から戦ったことは、双方に残る事実です。

参戦した戦い

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